蘭学事始 - 41

一、二三年過ぎて後、宇田川玄随、病によりて物故せり。その嗣子なきを以て弘く養子を求めたり。こゝに於て、稲村氏仲立ちして宇田川の家を継がせたり。前にいへる如く、玄随へはしかじかの縁もあり、その人なかりし後といヘビも、今亡父となりし人の志を継ぎ、その身も志すところの本意を達せりといふべし。爾後ますます専精して数多の訳説をもなし、医範の提綱といふものを開板し、既に一家のこと成りぬ。その行ひ改まりその志立ちし上にて宇田川姓も継ぎしことなれば、再び翁へも交通をゆるし給はれと、伯元、玄沢等が申すにまかせ、しかる上は長く悪み遠ざくぺきにはあらずとて出入を許し、もとの如く相親しみ、玄真、翁に仕ふること師父の如くなれば、翁もまたかれを見ること子の如くするの昔に復せり。