蘭学事始 - 33

一、京師に小石元俊といへる医師あり。独嘯庵の門人にて、医事に志至って厚き男なり。翁もとより相識れる人にあらず。かれはじめて解体新書を読みて千古の説にたがひしところを疑ひ、みづからしばしぼ観臓してこの書の着実なるに感じ、それ以来深くこれを喜び、翁へ書信を通じて、なおその解しがたきところを尋問せり。天明五年の秋、翁、侯家に陪してその国に罷りし帰路、上京せし時、滞留の問、日夜来りて問難したり。その後は東遊し、玄沢が僑居を主とし、在留一年に近く、つねづね社中とこの業を討論せり。蘭学とてはなさざれども、帰京の後その塾に於て出入の諸生徒に解体新書をつねに講じてその実旨を人に示せしと。これ関西の人を誘発せしの一つなり。