蘭学事始 - 34

一、大坂に橋本宗吉といふ男あり。傘屋の紋かくことを業として老親を養ひ、世を営めりと。不学なれど、生来奇才あるものゆゑ、土地の豪商ども見立てて力を加へ、江戸へ下して玄沢が門に入れたり。僅かの逗留の間出精し、その大体を学び、帰坂の後も自ら勉めてその業大いに進み、後は医師となりて益々この業を唱へ、従遊の人も多く、ようやく訳書をもなし、五畿、七遺、山陽、南海諸道の人を誘導し、今に於けるいよいよ盛んなりと聞けり。江戸へ来りしは寛政の初年のことなり。帰坂の最初、右の元俊も、かれが志を助けてその業を励ましめしとなり。