蘭学事始 - 32

一、津山侯の藩医に宇田川玄随といへる男あり。これは元来漢学に厚く、博覧強記の人なり。この業に志を興し、玄沢によりてかの国書を習ひ、その紹介にて翁と淳庵へも往来し、桂川君、良沢へもようやく交を通じたり。〈後に長崎前の通詞家、白河侯の家臣となりし石井恒右衛門といふ人などへも出入し、かの言語の数々をも習ひしが、元来秀才にて鉄根の人ゆゑその業大いに進み、一書を訳し、内科撰要と題せる十八巻を著せり。これ簡約の書といヘども、本邦内科書新訳のはじめなり。惜しいかな四十余にして泉路に赴けり。この書没後にいたり、ようやく全部の開板なれり。〉