蘭学事始 - 27

一、翁は元来疎漫にして不学なるゆゑ、かなりに蘭説を翻訳しても人のはやく理会し暁解するの益あるやうになすべき力はなし。されども、人に託してはわが本意も通じがたく、やむことなく拙陋をかえりみずして自ら書き綴れり。その中に精密の微義もあるべしと思へるところも、解しがたきところは、疎漏なりと知りながらも、強ひて解せず。たゞ意の達したるところばかりを挙げ置きけるのみなり。たとへば、京へ上らんと思ふには、東海東山二道あることを知り、西へ西へと行けば、終には京へ上り着くといふところを第一とすべしと、その道筋を教ふるまでなりと思ふところより、そのあらましの大方ばかりを唱へ出だせしなり。これを手初めにして世医の為に翻訳の業を首唱せしなり。もとより浮屠氏翻訳の法はわきまへず、殊に和蘭書翻訳といふことは、古今になきところの最初なれば、この読み初めの時にあたりて、細密なるところはもとより弁ずべきやうもなし。たゞ幾重にも、医たるもの先づ第一に、臓腑内景諸器の本然官能を知らずしては済まず。何とぞ各々その実をわきまへて互ひに治療の助けになさばやと思へるが本意ばかりなり。この志ゆゑ、この訳をいそぎて早くその大筋を人の耳にも留まり解し易くなして、人々これまで心に得し医道に比較し、速かに暁り得せしめんとするを第一とせり。それゆゑ、なるたけ漢人称するところの旧名を用ひて訳しあげたく思ひしなれども、これに名づくるものとかれに呼ぶものとは相違のもの多ければ、一定しがたく当惑せり。かれこれ考へ合はすれば、とてもわれより古をなすことなれば、いづれにしても人々のさとり易きを目当として定むる方と決定して、或は翻訳し、或は対訳し、或は直訳、義訳と、さまざまに工夫し、かれに換へ、これに改め、昼夜自ら打ちかかり、右にもいへる如く草稿は十一度、年は四年に満ちて、ようやくその業を遂げたり。尤もその頃はかの国俗の精密微妙のところは明了すべきことにはあらず、今の如く思ひよらず開けしところより見る人はさぞ誤解のみといふべし。はじめて唱ふる時にあたりては、なかなか後のそしりを恐るゝやうなる様々たる了簡にて企事は出来ぬものなり。くれぐれもかの大体にもとづきて合点の行きしところを訳せしまでなり。梵訳の四十二章経も漸々今の一切経に及べり。これ翁がその頃よりの宿志にして企望せしところなり。世に良沢といふ人なくばこの道開くべからず。且つ翁が如き素意大略の人なくばこの道かく速かには開くべからず。これもまた天助なるべし。