一、解体新書未だ上木の前なりしが、奥州一ノ関の医官建部清庵といへる人、はるかに翁が名を聞き伝へて、平生記し置きたる疑問を送りしことあり。その書に記せしことども、わが業に就きては感嘆すること多く、これまで相識れる人にもあらで、翁と志を同じうするも千里一契なり。その書にいふ、これまでの和蘭流外科片仮名書きの伝書をこの術の基とするまでなるは、さてさて残念なり、世に有識の入出でて昔漢土にて仏経を翻訳せしごとくに和蘭の書をも和解なしたらば、正真の和蘭医流成就すべしと記せられたり。これはその時より二十余年前よりの懸念ときこえたり。実にその見解感ずるも余りあり。はからずも翁その人にあたりしを抃躍し、われらの知己千載の一奇遇なりと答書を報じ、それより往復絶えずして書信を通じ、その因縁によりてしかじかのこともあり。門人等その書通を書きあつめ蘭学問答と名づけ留めたり。〈後に子弟ら蔵版となしぬ。和蘭医事問答と題せしものはこれなり。〉



