一、和蘭は医術並びにもろもろの技芸にも精しきことと世にもようやく知れ、人気何となく化せられ来れり。この頃よりも、専ら官医の志ある方々は年々対話といふことを願ひてかの客屋へゆき、療術方薬のことを開き給ひ、また天文家の人も同じくその家業のことを問ひ給へり。当時はその人々の門人なれば同遺し給へることも自由なり。さあるにより、その方々の門人と唱へ、出入もありたり。長崎は御常法ありてみだりに旅館への出入はならぬことなるに、江戸はしばらくの間のことなれば、自然と構ひもなき姿なりき。その頃平賀源内といふ浪人者あり。この男、業は本草家にて生れ得て理にさとく、敏才にしてよく時の人気に叶ひし生れなりき。何れの年なりしか、右にいふカランスといへるカピタン〈商館長〉参向の時なりしが、ある日、かの客屋に人集まり酒宴ありし時、源内もその座に列なりありしに、カランス戯れに一つの金袋を出し、この口試みに明け給ふべし、あけたる人に参らすべしといへり。その口は智恵の輪にしたるものなり。座客次第に伝へさまざま工夫すれども、誰も開き兼ねたり。遂に末座の源内に至れり。源内これを手に取りしばらく考へ居しが、たちまち口を開き出せり。座客はいふに及ばず、カランスもその才の敏捷なるに感じ、ただちにその袋を源内に与へたり。これよりして甚だ親しみ厚くなり、その後は度々客屋に至り、物産の事を尋ね問へり。またある日、カランス一つの棋子の如き形のスランガステーンといふ物を出し示せり。源内これを見てその功用を問ひ帰り、翌日別に新たに一箇の物を作り出して持ち行き、カランスに見せたり。カランスこれを見て、これは前日見せ示せし物と同品なりといへり。源内曰く、示さるゝところの品は貴国の物産か、また外国にて求め給へるものかと問ふに、これは印度の地方則意蘭〈セイロン〉といふところにて求め来れりと答ふ。源内また問うて曰く、その国にては如何なるところに産するものといへば、カランス曰く、その国にて伝ふるところは、この物大蛇頭中より出づる石なりといへり。源内聞きて、それはさようにあるまじ、これは竜骨にて作りし物なるべしといふ。カランス聞きていふ、天地の間に竜といふものはなき物なり、如何にして、その骨にて作るべしやといへり。こゝに於て、源内己が故郷なる讃州小豆島より出せる大なる竜歯につゞきたる竜骨を出し示して、これ即ち竜骨なり、本草綱目といへる漢土の書に、蛇は皮を換へ、竜は骨を換ふと説けり。今われ示すところのスランガステーンはこの竜骨にて作れる物なりといへり。カランス聞きて大いに驚き、益々その奇才に感じたり。これによりて本草綱目を求め、右の竜骨を坂内より貰ひ得て帰れり。その返礼としてヨンストンス禽獣譜、ドドニュース生植本草、アンボイス貝譜などいへる物産家に益ある書物どもを贈りたり。これらのことも直対接話にて弁じたることにはあらず。附添ひたる内通詞部屋附などいへる者にて、その情を通じて弁ぜしことにて、一字一言通知せしことにはあらず。その後源内かの地へ遊歴し、蘭書、蘭器なども求め来り、且つエレキテルといへる奇器を手に入れ帰府し、その機用のことをもようやく工夫して、あまねく人を驚かせり。



