蘭学事始 - 07

一、これによりて文字を習い覚ゆること出来、西善三郎ら先づコンストウヲールドといふ辞の書を和蘭人より借り得しを、三通りまで写せしよし。和蘭人これを見てその精力に感じ、その書をただちに西氏に与へしよし。かくありしこと等、自然に上聞に達しけると見え、和蘭書と申すもの、これまで御覧遊ばされしことなきものなり、何なりとも一本差し出し候やう上意ありしにより、その頃何の書なりしにや、図入の本差し出せしに、御覧遊ばされ、これは図ばかりも至って精密のものなり、このうちの所説を読み得るならば、また必ず委しき要用のことあるべし、江戸にても誰ぞ学び覚えなばしかるべしとのことにて、初めて御医師野呂元丈老、御儒者青木文蔵殿との両人へ仰せをこうむり候よしなり。それよりこの御両人この学を心がけられたり。しかれども、毎春一度づつ拝礼に来る和蘭人に付添ひ来る通詞どもより、僅かの滞留中聞き給ふこと、殊に繁雑寸暇もなき間のことなれば、しみじみ学び給ふべき様もなし。数年を重ね給ひしことなれども、ようやくソン〈日〉、マーン〈月〉、ステルレ〈星〉、へーメル〈天〉、アールド〈地〉、メンス〈人〉、ダラーカ〈竜〉、ティゲル〈虎〉、ブロイムボーム〈梅〉、バムブース〈竹〉といふ位よりかの二十五字を書き習ひ給へることのみなり。しかれども、これぞ江戸にて和蘭事学び初めし濫觴なりき。