一、国初より前後、西洋のことにつきてはしかじかのことありて、すべて厳しく御制禁仰せ出されしことゆゑ、渡海御免の和蘭にても、その通用の横行の文字、読み書きのことは御禁止なるにより、通詞の輩もたゞ片仮名書きの書留等までにて、口づから記憶して通弁の御用も工弁せしにて、年月を経たり。さありしことなれば、たゞ一人横行の文字読み習ひたしといふ人もなかりしなりき。しかるに万事その時至れば自ら開け整ふものなるゆゑにや、有徳廟の御時、長崎の和蘭通詞西善三郎、吉雄幸左衛門、今一人何某〈名は忘れたり〉とかいふ人々申し合せて談ぜしは、これまで通詞の家にて一切の御用向取扱ふに、かの文字といふものを知らず、たゞ暗記の詞のみを以て通弁し、入組みたる数多の御用をかつかつに弁じて勤め居ることは、あまりに手薄き様なり。なにとぞ我々ばかりも横文字を習ひ、かの国の書をも読むべきこと御免許を蒙りなばいかに。さもあらば、以来は万事につけ事情明白にわかり、御用弁よろしかるべきなり。これまでの姿にてはかの国の人に偽り欺かるることありても、これを糾明するの便りもなきことなりと、三人いひ合わせて、この次第を申し立て、なにとぞ御免許なし下されたき旨、公へ願ひ奉りしに、御聞届けられ、至極尤もの願い筋なりとて、速やかに御免を蒙りしとなり。これぞ和蘭渡来ありてのち百年余にして横文字学ぶことの初めなるよしなり。



