蘭学事始 - 35

一、土浦侯の藩士に山村才助といふ一奇士あり。その叔父市川小左衛門を介として、翁に蘭学のことを問ふ。翁、そのころは年老いて、この業を以て悉く門人玄沢に寄託す。故にこの男も同人に入門せしむ。玄沢かの国文二十五字よりして教へ立てたり。天性その才備はり、殊に地学をこのみ、専らその筋を専精せしが、白石先生の采覧異言を増訳重訂して十三巻の書を訳撰す。栗山先生の推挙によりて官へも内献せり。その余、翻訳の内旨も奉じたりしが、その業も全からずして即世せり。惜しむべしといふべし。万国輿地の諸説は未だ漢人の知らざるところのもの多し。これ蘭学のこゝに至れるの初なり。