蘭学事始 - 18

一、その翌朝とく支度整へ、彼処に至りしに、良沢参り合ひ、その余の朋友も皆々参会し、出迎へたり。時に良沢一つの蘭書を懐中より出だし、ひらき示して曰く、これはこれターヘル・アナトミアといふ和蘭解剖の書なり、先年長崎へ行きたりし時求め得て帰り、家蔵せしものなりといふ。これを見れば、即ち翁がこの頃手に入りし蘭書と同書同版なり。これ誠に奇遇なりとて、互ひに手をうちて感ぜり。さて、良沢長崎遊学のうち、かの地にて習ひ得、聞き置きしとてその書をひらき、これはロングとて肺なり、これはハルトとて心なり、マーグといふは胃なり、ミルトと言うは脾なりと指し教へたり。しかれども漢説の図には似るぺくもあらざれば、誰もただちに見ざるうちは心中にいかにやと思ひしことにてありけり。